音楽

きゃりーぱみゅぱみゅ騒動から見る芸能人の政治的発言について

僕はアーティストが政治的な発言をする事に反対だ。

最近、芸能人やアーティストがTwitterなどのSNSで政治的発言をしていることが話題になっている。

#検察庁法改正案に抗議します
#種子法改正案に抗議します

この二つが特に取り上げられ、TVのニュース番組でも紹介されコロナ渦で外出自粛の中、オンラインデモとも呼ばれていた。
#検察庁法改正案に抗議しますについては、小泉今日子や浅野忠信などの芸能人が多くハッシュタグを付けて投稿し、一時はTwitter全体で500万件のツイートがあったとされている。

そんな中で僕は芸能人やアーティストが政治的な発言をする事については否定的な立場にいるということをまず最初に明確にしておく。

なぜ冷めてしまうのか

僕はアーティストとしての彼らを好きになった。彼らの作る曲、歌詞、奏でる楽器の音を好きになった。いわば、芸能活動をしている彼らを好きになったのである。

彼等も1人の人間であり、プライベートもあって色々な思想を持っているのは当然理解している。
だが、決して彼らという人間を構成するすべて(プライベートや思想を含めて)ファンになった訳じゃない。

僕は彼等の「音楽」という面を好きになっただけだ。彼らがプライベートでどんな思想を持って行動してようが別にどうでもいい。例え派手な女遊びをしてようが究極、人を殺すのが趣味だったとしても彼らが作り出す音楽には関係ない。僕は音楽を好きになったのだ。

芸名で政治的な発言をするのはフェアじゃない

芸能人やアーティストは自分の生業、容姿だったり歌だったり楽器だったりを世間の人に提供して生活をしているのである。芸名、アーティスト名というのは自分のその側面を人に見せるという役割を担う、その覚悟を背負っている筈である。
その屋台骨である芸事で得たファン達に向け、全く関係ない側面を急に見せつけられても困る。
だから僕は冷めてしまうし、出来ればそういう一面を急に見せつけないでほしい。

別に一人の人間として意見を表明するなと言っているわけではない。
芸名やアーティスト名で意見を表明して欲しくないと言いたいだけだ。

普段から自分の思想や政治的なスタンスを音楽に盛り込んでいる人は、まだ理解出来る。
例えばKダブシャインなどは、昔から政治にも社会問題にも顔を出し、曲にもふんだんにそのエッセンスを盛り込んでいる。
普段からそういう人がTwitter等の音楽活動以外のところでも同じような発言をするのは別に構わない。

しかし今回話題になった、きゃりーぱみゅぱみゅは浮世離れをウリにしているアーティストでは無いのだろうか。「社会問題や時事問題を盛り込んだ曲だ」と解釈が出来る歌詞があるとは思えない。(僕が知らないだけかもしれないが)

「アーティストだって一人の人間なんだから政治的な発言をすることは当たり前」への違和感

今はきゃりーぱみゅぱみゅの一件により、「芸能人もアーティストも1人の人間だから、政治的な発言をする事は当たり前だし、むしろ良い事だ。」という風潮が出来上がりつつある。
僕のようにこの価値観を否定しようものなら、「芸能人を1人の人間として見てない。酷い人間だ。」とレッテルを貼られる始末である。

僕は今の芸能人の政治的発言は素晴らしいとする風潮に違和感を感じる。

正義の言葉を前にすると人間は思考停止に陥る。

強い正義(に見えるような何か)を前にすると人間は思考停止する。
「イジメ、ダメ、ゼッタイ」
例えば、イジメの動画を見て「酷すぎる。いじめてる奴ら全員死刑になれば良いのに。」とイジメは悪という絶対的な正義に身を任せ、過激な発言(本当はそんなこと思ってもないくせに)をするものがゴキブリのようにわらわら出てくるのと似ている。そういう奴らは、自分が加害者一派に加わる事なんて微塵も想像出来ないのだろう。
その過激な発言のツイートこそ、イジメと同じ構図だと気付かないのだろうか。

「1人の人間なんだから」という言い分は人権意識を纏った強い正義の言葉である。
今僕らが生きている社会では、「人権の尊重」の前にはどんな人間も無条件降伏せざるを得ない。

この大義名分を振りかざし、批判派を「人権意識の無いヒトデナシ」の様に見せることが出来る為に、今の風潮が出来上がっている様に思える。

原発問題でのHi-STANDARDとLUNA SEAのSUGIZO

僕が一番初めにこのテーマについて考え始めたのは東日本大震災の頃に遡る。
3.11以降の原発問題だ。

その頃、僕はLUNA SEAにハマっていた。更にHI-STANDARDのken yokoyamaと難波章浩にもハマっていた。
彼らの生み出す音楽達に心を奪われ、バンドでもよくコピーをしていた。
LUNA SEAの浮世離れした雰囲気と5人の個性がぶつかり合うバンドサウンドに、
Hi-Standardの生み出す熱さと横山健の掻き鳴らす勢いのあるギターにすっかり傾倒していた。

だが、奇しくもその頃Twitterが流行り始め、彼等のアカウントがある事を知った。
音楽関連の情報を期待して見た彼等のアカウントは、ほとんどが原発再稼働反対や原発廃止に対しての過激なツイートで埋められていた。
僕はそれを見て、ファンを辞めるとまではいかないまでも少し冷めてしまった。

アーティストに無条件で付いていくファンはたくさんいる。


アーティストにはファン達を無条件で扇動できるほどの力を持っている。
「これこれこういう問題があるよ。みんなはどう思う?」
という中立を保った発言だったら全く問題はない。

しかし最初から自分の思想、立場を表明し、発信することはフェアじゃない。
その問題に元々興味がなかったファンは、「◯◯が言ってるからそうなんだろうな。」と思ってしまう。特に中学生、高校生は好きなアーティストに影響をバチバチに受ける。
若ければ若いほど、人の考えを自分の考えだといつの間にか勘違いしてしまうことが多い。
選挙権が18歳からなのはそういった理由があるからである。

社会問題や政治について発言するときは芸名、アーティスト名に頼らず、本名か何かで一個人として発信していただくことを願う。
あなた方の影響力はそのためにあるのではない。

それはフェアじゃない。

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ショーペン
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HIPHOPが嫌いだけど好きな元バンドマン。28歳。 Twitterをフォローして頂けると更新をお知らせいたします。 小鳥をクリックすると僕のTwitterアカウントに飛べます。         ↓↓↓↓↓

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